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人気6人組グループのKAT-TUNが21日、宮城・利府町の「グランディ21 宮城県総合体育館」で全国ツアー公演(昼夜2回)を行い、約半年ぶりに復帰した赤西仁(22)もワイルドな歌声を響かせた。19日の電撃帰国から20日の復帰会見に続き、ファンに謝罪の言葉を伝えるだけの予定が、いきなり歌まで解禁。投げキスに、ギラギラ目線と奔放な赤西スタイルで、新生KAT-TUNをアピールした

他のメンバーはどう思ってるのかな~
やっぱり、赤西仁がいないとKAT-TUNはダメなの?
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KAT-TUNを休業していた赤西仁君が、留学先から帰ってきましたね。
朝のワイドショーはその話題が多かった。
記者会見とか、やるんですかね?ってかファンの気持ちを考えたらキチンやらないとね。

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賞レースへの不参加方針

賞レースは、「所属タレントに優劣をつけない」との方針により、音楽部門では1990年、演劇部門では1993年より撤退している。一番最近受賞した賞は、1993年に少年隊がゴールデン・アロー賞演劇賞、及び同賞の大賞。

今までの賞レースの中で、1987年に、近藤真彦が日本レコード大賞のグランプリにノミネートされている時、「レコ大を辞退しろ。」と、亡くなった母親の骨つぼを盗まれた事(現在でも骨つぼは発見されていないが、この時近藤は、「骨つぼは盗めても、自分の心の中にある母親の思い出までは盗めない。」とコメントし同賞に出席、見事グランプリを獲得した。)や、1990年の日本レコード大賞において、当時「お祭り忍者」でデビューした忍者が、事務所側が希望していた演歌・歌謡曲部門ではなく、ロック・ポップス部門にノミネートされたことを不服として辞退したことが引き金となっている。この辞退をきっかけに、最初に書いた賞レースへの方針を打ち出し、参加していない。

尚、2003年にSMAPが「世界に一つだけの花」の大ヒットにより日本レコード大賞の候補に挙がったが、「歌詞の中にあるように“ナンバーワン”を目指すよりも“オンリーワン”を大切に歌ってきた。そのメッセージを貫きたい」との理由でノミネートを辞退している。

2006年の日本アカデミー賞において、木村拓哉主演の映画「武士の一分」において「優秀主演男優賞」を受賞することなり、協会側が事務所側と授賞式への出演交渉を行なったが、事務所側は「木村に限らず、ウチはレコード大賞や各音楽祭など賞レースというものを十数年前からやっていません。映画も同じで、(辞退は)いまに始まったことではないのです。それに映画はあくまで監督のものでおこがましいです。また、ホテルで一般の人から入場料を取っての発表会というのもウチ(の方針)に合わない。」(受賞式当日の入場料は、ディナー付きで4万円)とし、授賞式への辞退を表明した。

「第49回ブルーリボン賞」主演男優賞に、SMAPの木村拓哉とV6の岡田准一がノミネートされたが、辞退を申し入れた。事務所側が辞退を申し入れたのは、ノミネートが発表された2006年1月24日。記者会にファックスで「お世話になった俳優との争いもさることながら、同じ事務所内のタレント同士で賞を争うのは本意ではない。日本国内の賞レースには今後も参加する可能性は極めて低い」と通達した。

尚、海外の授賞式はノミネートの前例が無いので、受賞を受けるか辞退するかは、現在のところ未定である。
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